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↑ この観閲飛行ではUH-60Aが方面航空隊の主力、AH-64DとOH-1が部隊を補佐し、輸送力としてはCH-47JAが支える。この18機の編隊を見て、ふと思い出した。先頭を行くUH-1Jを除き、このヘリ編隊の構成こそが、30年前に陸自航空がヘリ部隊の姿として思い描いた未来形であったろうと・・・。しかし、実際はAH-64Dは頓挫し、UH-60JAは数が揃わず。OH-1も計画倒れに終わった。唯一西部方面航空隊だけで実現できたのだ。
↑ まだまだ外形は新しさを残しているが、用廃となったUH-1J/41841と41852。UH-1J/41841は1996年当時東部方面ヘリコプター隊に所属していたが、北海道へ移動し2024年年初では北部方面ヘリコプター隊で確認されている。
↑ 用廃機の中で一般公開されたUH-1J/41826。この機体は2022年暮れまで、明野航空学校に所属し、富士分校の{FJ」のマークを付けて飛んでいた(このHPでも展示)。航空学校の機体は教育課程で使われるので、飛行時間の消化は速いのかもしれない。
↑ 行きたかった目達原駐屯地は諦めたが、昔、父が勤務していた高遊原分屯地へは行く事ができた。胴体に消し残った”WH”の文字が残るUH-1J/41851が展示飛行を行った。UH-1Jは、最近まで西部方面ヘリコプター隊第2飛行隊に配属されていたが、この機体以外に他の姿も無く、この基地には、他のUH-1Jは既にいないのであろうか? であれば今後は目達原の4師団/8師団のUH-1Jだけとなってしまう・・・
↑ 観閲飛行は、高遊原分屯地を飛びった9機のヘリに、途中から目達原駐屯地を飛び立ったヘリが合流して18機の大編隊となって、基地上空を通過した。その中で先頭を飛んだのが、このUH-1J/41851であった。主力は7機も飛んだUH-60JAで、次いで5機のCH-47JAである。
↑2025年5月霞ヶ浦分校/補給処の記念式典に参加した。何年振りだろうか・・・・もう数十年のブランクがある。格納庫内に現役のUH-1Jを発見。嬉しくて何枚もシャッターを切った。UH-1J/41818
UH-2が今後続々と陸自に配備されていく中、UH-1Jの用廃も進んで行く事になる。方面ヘリコプター隊も師団ヘリコプター隊もOH-6が引退してから、運用機数が極端に少なくなってきている事から、推測であるが運用できる機体を出来るだけ温存する為に、飛行時間の制限などもかけている可能性はある。防衛予算が倍増に動くまでは、部品の調達もスムーズではなかったと想像できるので、やり繰りは大変だったはずだ。2025年 私は今まであまり足を延ばせなかった陸自ヘリ駐屯地を回り始める事とした。手始めに目達原へ行きたかったが、所用で最初から頓挫してしまった。その代り、霞ヶ浦分校や九州の高遊原分屯地へ久々に足を延ばす事を決め実行に移した。
↑ 更に手前にはUH-1J/41864が用廃機として並んでいた。この機体も東部方面から北部方面へ移動後、機体寿命を迎えたものであろう。これらは展示機ではなく、格納庫に収容された用廃機。用廃として展示された1機UH-1J/41826だったが、人が多くて正面系しか撮影できなかった。
↑ 屋外に展示されたUH-1J/41868。本機はエンジンがそのままで、エンジン空気取り入れ口のボルテック・ジェネレターも付いていたので用廃機ではないようであるが、機内を見ると諸部品がすっかり整理されており、飛行訓練には使われていないような感じを受けた。
↑ 高遊原分屯地の主力は方面ヘリコプター隊のUH-60JAと輸送のCH-47JAである。師団UH-1Jは、AH-64Dなどと共に目達原を本拠地にしているはずだが、佐賀駐屯地の本年8月の開設で、今後のヘリ配置情勢も変わるだろう。